その昔、高校生の頃ですが、修学旅行が豪華にも海外、アメリカのカリフォルニア近辺だったんですね。で、地元の高校生たちと交流するイベントがあって、向こうの授業に参加することになったんですが、一緒に校内を回ってくれた金髪のお兄ちゃん(※どーみても高校生に見えない)に、
「数学の授業に行かないか?」
と、かなりはっきりとした発音で提案してくれました。
ま、向こうは、数学であれば、世界共通のいわば言語だし、授業に出ても分かるだろ、くらいの配慮だったと思うんですけど、こっちは当時から数学大嫌いな少年だったので、思わず、
「 I hate mathmatics ! 」
てな具合で返答しました。
後から聞いた話なんですが、「 hate 」にはとてつもなく強い意味があって、単なる「嫌い」どころの意味合いではなかったようなんですね。なので、おそらく先方には、
「テメェ、このやろう、オレ様は数学なんか反吐が出るくらい嫌なんだ! すうがくのすの字も見たくねぇんだ! 分かってんのかコンチクショー!」
というようなニュアンスだったんじゃないかな、と。※意訳です。
デザイナーになってから、何故かこの時の思いというか出来事をよく思い出します。自分たち(デザイナーだけじゃなくてプロジェクトに関わるすべての人)が脈々と培ってきた思いなり、意味なり、そうした伝えたいことを、きちんとユーザーに提示できているかどうか、自分たちがこうだろうと思ったことが、意図しない理由でユーザーに伝わってないだろうか、分かりやすくできただろうか、深い意味って果たして「意味」があるんだろうか、とかね。
コミュニケーションって難しい。会話ですら誤解を生む可能性があるのに、何かのモノだけでコミュニケーションをとろうとすることの怖さを、我々は十二分に知っているはずです。なんか、デザイン、デザイン、なんて表層の部分だけで語られることが多いんだけど、世の中一般に言って、我々の仕事の本質ってのはそこじゃないんだ、ということのま、一種の戒めかな、なんて、思ったり。
アンニュイな午後。あの高校生の頃の記憶をふと思い出したのでエントリ。意味なし。