Yoji Sakate | Rinko-Gun
- February 13, 2009
- 人生において衝撃を受ける瞬間、もしくは岐路、というのは往々にして突然訪れるもので、それはもう不意打ちといってもいいかもしれないくらいの one shot one kill だったりするわけですが。
一九九六年の冬(だったかと思う)、何気なく池袋の劇場で見た、劇団「燐光群」の芝居、【夜光るもの】で、ボクは圧倒的なほどの衝撃を受けたんです。なんというか、今までの自分の人生が全て否定されたかのようなインパクト。
芝居の内容は小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)を主軸に据えたいわゆる劇中劇のひとつなんだけど、日本の伝統芸能である【能】の舞台を模し、一切の無駄を排除したものすごくシンプルな舞台で、淡々と進行していくんですね。
舞台が大きくなくても、その空間的な余白のせいで、役者の立ち位置如何では、舞台自体が大きくなったり、小さくなったりする。
で、舞台のクライマックスで、十人前後の役者たちが組体操よろしく幾重にも折り重なって、一匹の巨大な鬼を表現するわけですが、これが劇団四季も真っ青の大迫力。舞台がシンプルだけに、観客はそれを見ざるを得ない、という緊迫感。音楽はなし、ただ照明の絶妙な当て具合でとてつもなく巨大で異形の【生き物】がそこで蠢いているという事実。
これを見終わった後、しばし唖然。そして一週間くらい呆然。
舞台というのは、一種の"間"で成り立っている芸術のひとつ。
空間、時間、きっかけ、ありとあらゆるところで"間"がとても重要なんです。
お笑いだってそう、人はそういう絶妙な"間"で笑うことが多いでしょ?
余白にこだわっているのは、そういう"間"をデザインでも表現できないか、という、ある意味ライフワークに近い諸行なのかもしれません。
後に、この劇団の主宰で、作・演出をしている坂手洋二のワークショップに参加したことがあります。
しかもなんかものすごいド田舎の公民館で。
サインもらってきた、ってだけなんだけどw
※そんな燐光群の芝居が3月にあります。
屋根裏というタイトルで、文字通り屋根裏が舞台。
実はこれまでにも、このタイトル・コンセプトで何度か上演されています。
燐光群
http://www.alles.or.jp/~rinkogun/